松飾
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
今、世界的な不景気ですが昔の江戸でも財政がきびしい、時代がありました。それは8代将軍吉宗がてがけた享保の改革は、幕府財政の安定を最大のねらいでした。当時幕府の財政を圧迫していた要因の1つは大奥の存在でした。1000人もの女性がいて華やかな生活を送っていれば、当然莫大な経費がかかっていました。しかし、その経費削減をはかるにしても将軍の正室や側室が権威を誇っていました。そこで将軍は一計を考え奥女中の中からよりすぐり、美人を50人選び、吉宗はその美女たちに、いとまを与えたのでした。美人なら暇をだされても、ほどなく良縁があるはずと考えたからでした。こうして騒ぎがおこらないよう配慮しておこなわれました。まさに現代、その配慮もなくリストラが断行ーーー心さびしく思いいます。どの時代にもチエのある人が現われているのですがーーー。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大奥と言うと篤姫の大河ドラマで有名ですが、大奥と言うと格式ばった上品の場と言うイメージが強いが、一年に1日、大いにはめをはずす好例行事があった。年越しの夜に催しされた、「新参舞」であった。新参者の歓迎会のようなものですが、実はこれは新参者には大変つらい、行事。なにしろ裸踊りをしなければならなかった。踊らされたのは奥女中、雑用を担当している人たちで育ちの良い女性だが、裸踊りをさせられたのだ。この風習はじつは身体検査、過去に刺青をしていた女性が問題になったからであった。本当にあったはなしでした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近は大食いタレントがテレビで活躍する時代ですが江戸時代も大食いがけつこうもてはやされた時代、文化14年(1818年)3月23日には、大食い大会が江戸で開かれたという記録が残っている。大会では飯部門、菓子部門、そば部門に分かれて、大食いがエントリー。その食べっぷりを見物人に披露した。記録によれば三河島の三右衛門という41歳の男が味噌のおちゃずけにして飯の数が68杯、おかずは漬物だけだった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
あしががフラワーパークは春大藤で有名ですが、最近は夕方から、イルミネーションでライトアップ、すてきな夜を宴出してます。また家族で楽しめるスポット、癒し系、心がなごみ不景気のいやなことも忘れますよ、
「asikaga2.jpg」をダウンロード 「asikaga4.jpg」をダウンロード
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
最近のコメント